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マニハチ

岩手県は広いです。四国の面積と同じくらいの日本では北海道に続いて、2番目に広い県です。そんな岩手の中でも魅力いっぱいの八幡平というところの情報を中心にお伝えするのがこの「マニハチ」です。

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八幡平に関するQ&A

現在作成中。質問受付中。とりあえず現状は私が聞かれたことを調べて書きます。
後でジャンル分けをして見やすくします。八幡平wikiとかつくりてーなー('-'*)


Q1 松川温泉の湯の花はどこで販売してますか?
→ 8個入り1,100円で、松川温泉松楓荘、松川荘、峡雲荘、道の駅にしね で販売しています。


Q2 八幡平アスピーテラインはいつ開通したのですか?
→ 昭和43年(1968年)に着工し、昭和45年(1970年)5月1日に開通しました。当時の八幡平スキー場リフト口にあるゲートから山頂まで全長約11kmでした。開通した当初は有料道路でしたが、平成4年(1992年)4月に無料化され、翌年には松川温泉~藤七温泉までの樹海ラインが開通しました。


Q3 松川地熱発電所って日本で最初に作られたみたいですが、いつ作られたのですか?
→ 昭和41年(1966年)10月12日に完成し、稼働しました。日本では初めてですが、世界では4番目です。


Q4 松尾鉱山はいつ閉山したんですか。
→ 事実上の閉山は昭和44年11月11日です。その年に硫黄の生産を全面的に止めました。その後も昭和49年まで100人足らずの従業員で硫化鉱の生産を続けていましたが、その年の5月30日、東京地方裁判所から、「松尾鉱業所に関する更生手続きを終結す」と申し渡されました。  


Q5 八幡平でステーキが食べられる場所はどこですか?
→ 夕食なら四季館彩冬、ぱれっと(他調査中)



Q6 松川地熱発電所の認可出力は23,500kWとのことですが、これは一般家庭の何戸分に相当するのですか?
→ 一般家庭の平均は0.5kWなので、大体5万戸分に相当します。


Q7 八幡平市で新そばを食べることができる所はどこですか?
→ 安代ICから車で1分、北の蕎麦屋で食べることができます。(他調査中)


Q8 松川温泉まで走るバスはいつからボンネットバスになりますか?
→ 12月1日から3月末日までの期間、八幡平ロイヤルホテルから松川温泉までのバスがボンネットバスになります。1日3回です。走らせている会社は岩手県北バスです。時間は八幡平ロイヤルホテル発が8:24、13:41、15:21、松川温泉発が9:50、14:40、16:15です。


Q9 八幡平市に年間、どのくらいの観光客が訪れているんですか?
→ 岩手県の調査している「いわての観光統計」によると、平成23年4月~平成24年3月の期間で1,416,817人回。この数字は、八幡平市に1人の観光客が1回の旅行で複数の観光地点を訪問した場合、例えば5箇所訪問した場合に、5人とカウントしているようです。以下いわての観光統計から抜粋。

■観光客
平成22年(H22年4月~H23年3月) 1,438,583人
平成23年(H23年4月~H24年3月) 1,416,817人

■教育旅行 
平成23年(H23年1月~12月) 学校63校 7,680人

■外国人観光客
平成23年(H23年1月~12月) 8,704人
(台湾:3,836人 韓国:3,052 香港:942人 オーストラリア:633人 シンガポール:135人 アメリカ:34人 中国:27人 タイ:7人 その他:38人)


Q10 夜沼の名前の由来は?
→ かつて、夜な夜なイワナの密猟者が現れたことから、夜沼と呼ばれるようになったとか。


Q11 八幡平山賊まつりの由来は?
→ 色々な説が伝えられておりますが、一般的には1200年前、松尾村に縄文人の血をより濃く受け継いだアイヌ民族が住んでおりまして、南の方から武力侵略をしてきた、大和侵略軍の大将、坂上田村麻呂が率いる大和軍勢に攻め立てられて、若者が命をかけて戦い、大勢の人が亡くなりました。田村麻呂の侵略を受け、やむにやまれぬ正義の戦いに、国を守ろうとしたはずの勇者たちが大和の帝に弓を引いたとして、悪者扱いにされたのが、極悪非道の鬼・山賊といわれております。このことから、松尾村(現八幡平市)でその勇者の由来を取り入れ、八幡平山賊まつりと名付けたそうです。


Q12 八幡平市出身の有名人(全国で活躍している人)は?


■平野正人(1955年11月16日生(57歳)声優)※詳細はwikipedia参照
  
■高橋法聖(琴古流尺八奏者、横笛奏者)※以下、公益財団日本伝統文化振興財団のHPより抜粋
琴古流尺八を太田陵童(盛岡)、東京において加藤正明、後に横山勝也の各氏に師事。また、フルートを岩上正彦、尾藤京子氏に師事する。

〈主な演奏活動〉

1982年の尺八リサイタルに対し岩手県芸術選奨受賞。その後、多くのリサイタルやコンサート活動を行う。
「現代作曲展'82」や日本作曲家協議会JFC東北主催「現代の響き」(1992年)等で多くの現代曲を初演。
洋楽とのセッションも多く、一流ジャズバンドとの共演や特に歌曲を中心とした「詩と音楽の会」主催の「新しい日本の歌」新作発表会(朝日生命ホール)では、2001年までに多数出演をし、平井康三郎作曲の歌曲初演に参加。
〈”竹の響”シリーズ〉

高橋法聖尺八コンサート「一瞬を永遠に生きる」(スタジオK:2007年)
高橋法聖尺八コンサート「遠い日の歌」(エプタ・ザール:2008年)
高橋法聖尺八演奏会「吹禅一如」(銀座王子ホール:2009年)
高橋法聖尺八リサイタル「夢幻の如く」(銀座王子ホール:2010年)
〈海外での演奏〉

フランス大使館推薦パリ公演、第一回日伊文化交流フェスティバル出演(1986年)
オーストラリア世界万国博覧会に日本催事委員会の要請により出演(1988年)
アメリカ、オレゴン州の私立大学協会主催により3つの大学で公演(1989年)
フランスで開催された世界民族音楽舞踊祭(in SAINTES)、GANNAT音楽フェスティバルへの招待演奏(1998年)
以上を含め、これまでイタリア・オランダ・ドイツ・アメリカ・イギリス・スウェーデン等の各国で数多くの公演を行う。

〈現在〉

らんぽ社竹心会会員、国際尺八研修館所属、現代邦楽会会員、琴古流尺八師範。
東京、盛岡を中心に国内外で演奏活動を行う。

〈ディスコグラフィ〉

「春まだ浅く」〔1992年 日本コロムビア(株)〕
和楽器による抒情組曲:作曲・構成 平井康三郎
「石川啄木」〔1992年 東芝EMI(株)〕
「初恋」〔1995年 日本コロムビア(株)〕
「遠い日の歌」〔2009年 Northern Lights Records〕
「竹の響」超大管尺八による〔2011年 ムーンドリーム企画〕 他


Q13 御在所にある八幡平スキー場はいつ閉鎖したんですか?
→ 八幡平スキー場を運営する八幡平観光(当時社長:三船博敏/岩手県北自動車社長)が2007年11月16日に取締役会にて2007年度冬期の休業を決定して以降、再開していません。

※八幡平スキー場は、リフト整備された県内のスキー場として竜ケ森スキー場(旧安代町)に次いで2番目となる1961年に開設された。国有林約39ヘクタールにリフト3基を設置。県内で歴史のあるスキー場として知られ、皇室関係者も訪れた。昨シーズンの入り込み数は2万5000人。開設当初から第3セクター八幡平観光が経営。87年から県北自動車が筆頭株主(持ち株比率40.2%)となった。社員26人。県の持ち株比率は19.5%、八幡平市は2%など。~岩手日報2007年9月19の記事引用~
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